『景気と国際金融』小野善康

フローとストック。供給側と需要側。好況と不況。これら三対の要素を区別を念頭におきつつ、国際金融を解説した書。これらの要素は、時として為替を逆方向に動かす要因となる。つまり、これらの区別を混同することで、まったく正反対の結果が生じることになり、議論の混乱を招くもとととなる。こうした主張は一貫しており、その論旨は明快であると言える。(ただし、疑問が残る箇所も多々ある。たとえば、山形浩生の指摘http://www.post1.com/home/hiyori13/ono3.htmlはそのとおりだと思う。あくまで、著者が貨幣的ケイジアンの立場(『経済学という教養』稲葉振一郎)をとっていること、そしてそれはあくまでone of themであることを意識しておいたほうがいいのかもしれない。)

以下、要点の抜粋

・1、個々の製品のうち、どれが輸出され、どれが輸入されるのか。2、一国全体として輸出超過になるか、輸入超過になるか。この二つは全く違うレベルの問題であることに注意。これらを混同すると、たとえば、優れた製品を作るから貿易黒字になり、劣った製品しか作れないから貿易赤字になる、といった生産力中心主義的な発想ははっきりと誤り。それは、いわば「合成の誤謬」に基づく誤解にすぎない。

・主に供給側の条件によって貿易パターンがきまり、需要側の消費の時間的計画によって経常収支全体がきまる。

・将来の生活を重視(時間選好小)→経常収支黒字→債権国
 現在の生活を重視(時間選好大)→経常収支赤字→債務国

・人々の貯蓄は、国内での実物投資か、あるいは経常収支の黒字となって現われる。実物投資は資本形成となり、経常収支黒字は対外資産の増大となる。つまり、時間選好による選択が、経常収支と国内投資の合計額を決定している。

・外貨建て資産の需要に影響を与えるのは、為替レートの絶対水準ではなく、そのレートがこれからどのように変化していくか、つまり為替レートの変化率のほうである。

・人々が円建て資産とドル建て資産の両方をもっているということは、通貨の種類だけが異なる同様の資産の利子率の差が、為替レートの予想変化率と一致することを示している。

・資金流入、流出というのは、誤解されやすい表現。むしろ、実体としては、資産量は不変のまま、資産の構成が変化しただけであることが多い。(つまり、フローとストックの混同がある)
 
・フローの取引では、物やサービスを受け取り対価を支払う。そして、物やサービスは、その時点で消費され、資金だけが減少する。これに対してストックの取引では、必ず資産の等価交換が行われるため、取引自体によって資産価値が変化することはない。つまり、資金はなくなるのではなく、資産の構成が変化しただけである。

・為替レートの絶対水準は、供給サイドの国際競争力に影響を与え、フローの側面を決定する。これに対して、為替レートの変化率は、人々が保有する資産構成の選択という、ストックの側面を決定する。

・適正な為替レートとは、累積的な円高や円安が生じないような水準のこと(発散と収束)。

・適正な経常収支を実現するフロー調整と、金利格差を埋めるストック調整とを反映しながら、適正な為替レート水準が決まる。その結果、消費意欲の変化や経済政策などの外生要因による経常収支変化に呼応して、為替レートは短期間に上下し、その後新たに決まった為替レートを出発点として、国際的金利差を埋める趨勢的動きが現われる。このように現実の為替レートの動きは、金利差調整と言う趨勢的な動きと、経常収支調整という短期的な動きが渾然一体となって現われる。

・日本が不況で苦しんでいるとき、好況の米国が消費意欲を一段と高めれば、日本製品への需要も増えて、日本からの輸出も増えるかもしれない。そうなれば、日本の景気へもよい影響を与えるだろう。
 ところが、現実には、経常収支の拡大とともに、為替市場においてストック調整によるドル安円高傾向が続くために、輸出は増えず不況は慢性化することになる。

・デフレには、買い控えによる消費の減少と資産効果による消費の増大という二つの効果がある。供給側の経済学では、この二つのうち後者のほうにしか注目しないため、物価の上下による実質貨幣量の調整によって、消費を自在に変化させ、生産量と一致させることができると考えられている。

・不況下のリストラによる生産性上昇は、日本製品の円価格下落と余剰労動力の増大をまねき、それによって経常収支の大幅黒字化が起こり、さらに為替が円高ドル安にふれて、結局は国際競争力は低下して、失業の悪化をまねくだけになる。

円高は、日本経済の景気が良いから起こるのではなく、円と言うお金を持つことの便益が上昇するために起こる場合がある。これが、不況期の円高であり、為替のバブルである。

・景気の国際波及効果は、為替レートの変化を通して働く。その為替レートの変化は、経常収支を調整するように起こる。日本人と外国人の相対的な時間選好に依存して決まる、適切な経常収支水準に比べて、黒字幅が拡大すれば円高になり、黒字幅が縮小したり赤字になったりすれば、円安が進む。このように、公共投資は、景気に影響をあたえることを通じて、経常収支に変化をもたらす。

・また、公共投資には、より長期的な効果もある。意味ある公共投資を行えば、社会資本という形で将来に備えることができ、将来の生活水準を引き上げることが出来る。それによって、現在の消費も増える可能性がある。つまり、「将来不安の減少が、現在の消費増大につながる」ということである。

・「日本が不況に直面して経済成長がマイナスになり、人々の消費が減ってしまうような状況では、経済援助の規模を引き下げるのは当然である」といった考えは、供給側の発送である。むしろ失業が生じる不況期には、経済援助によって購買力を移転して、被援助国の需要を増やし、その結果しょうじる日本製品への需要を高める方がよい。

・歴史的に見ても、マーシャルプランやガリオア、エロア資金のような経済援助は、米国の余剰生産力を有効利用し、日欧で役立てると同時に、米国企業の市場を創出し、雇用を確保して、米国自身の景気にも大きなプラスの影響を与えた。

基軸通貨国とは、巨額の債務を抱え、それによって大量の自国通貨建て資産を世界中にばら撒きながら、なおかつ十分に返せると信頼されている国である。このような国になれるのは、まさに大国しかない。