市野川容孝『身体/生命』

こちらは、フーコーの「生−権力」を、西洋近代医学の系譜を辿りながら解説したもの。ただし、ビシャやピネルなどの著作に直接当たることで、フーコー自身をも批判し、そのプロジェクトを先に推し進めようという意図もこの本には込められている。

王の身体の変容、死の医療化、indivisualとしての身体/生命、こころの在り処、「種」としての身体/生命などがテーマ。特に、脳死を巡る議論から始めて、ビシャによる「有機的生命」と「動物的生命」の区別を論じている箇所が、秀逸。また、indivisualという考えとルソーの政治思想が、当時の医学観と共振していたことも指摘されていて興味深い。

生命、身体、精神、物質、肉体、種、生殖、有機体、死。こうした概念は、概念同士の差異と関係が解りにくい。しかし実は微妙な差異や関係がそれらの中にあって、それらを見落とすことは時として致命的な結果をもたらしてしまう。なぜなら、その差異がアウシュビッツを生んだのだし、また、今日の脳死・生殖バンク・臓器の売買などの問題と密接に関係してしまっているから。

フーコーは生−権力という概念を見事に提示しながらも、それに対する抵抗をどうやって組織すべきかについて語り残した。だが一方で、自殺や安楽死といった「死の権利」を生−権力への抵抗と考え賛美するのも、余りにも短絡的かつ危険である。そのように指摘した後で、「本当の抵抗は、生−権力が図らずも生み出してしまった一つの「汚点」として、私が勇気をもって生き続けることにあるのかもしれない」と著者は語る。

とても素晴らしい抵抗だと思う。